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数学者の言葉では (藤原正彦)

すでに過去の話題になっているのかもしれないが,藤原正彦の「国家の品格」 (新潮新書) が売れているという.新書で100万部を突破したというから相当なものだ.それで,昔藤原正彦のエッセイを繰り返し読んだことを懐かしく思い出した. 藤原正彦は,御茶ノ水女子大学の教授で,専攻は数学である.また,新田次郎の息子であり,そのせいというわけでもないだろうが,エッセイが巧みである.その中で最も有名なのは,エッセイストクラブ章を受賞した処女作「若き数学者のアメリカ」であろうが,今回は「数学者の言葉では」(新潮文庫)について書いてみたい. 「数学者の言葉では」には,数学や文学に関するエッセイ,新婚時代の夫人の話,父新田次郎の話など,さまざまなエッセイが収められている.読んでいくうちに滲み出てくるようなユーモア,数学や学問・文化に対する独特の視点,いずれも含蓄があり,著者独特のものである.この本に収められたどの話も興味深いのであるが,中でも,「学問を志す人へ ─ ハナの手紙」で語られる,大学院生の苦悩の話が身につまされた. 著者のもとに,以前コロラド大学で教鞭をとっていたころの女子学生,ジョハナ・ダノス(愛称ハナ)から手紙が届く.彼女の手紙には,級友などとの感情的行き違い,自分の能力や将来に対する不安,自分の研究の価値に対する疑問など,大学院での苦悩が縷々したためられてあった.著者はハナを激励し,鼓舞するが,彼女の苦しみが痛いほど理解できた.何故なら,彼女の苦悩は,多かれ少なかれ,学問や研究を志す者に共通するものであるからである.この話から,著者は,学問ということ,また,学問を志すということについて考察していく. 著者は,学問を志す人の性格条件として,以下の四つを挙げる.すなわち,(1)知的好奇心が強いこと,(2)野心的であること,(3)執拗であること,そして最後に,(4)楽観的であること,である.それぞれもっともなのであるが,ここでは,この最後の条件,「楽観的であること」について述べてみたい. 学問を志すものは,まず,困難な問題に直面しても,何とかなるだろうと楽観的でなければならない.そうでなければ,解決できる問題すら解決できなくなってしまうからである.さらに,学問を志すものに共通する三つの不安,すなわち,自分の能力に対する不安,自分のしていることの価値に対する不安,自分の将来に対す...