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人を好きになる経験について

以下の記事を読んで、思うことがあったので、エントリにしてみたい。 人を好きになる経験がないと何がいけないのか https://anond.hatelabo.jp/20240509105701 そのコメントは以下↓ [B! 増田] 人を好きになる経験がないと何がいけないのか https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240509105701 人を好きになるということだが、好きになる対象は物でも動物でもかまわない。そこで以下では、「人」と書いてあっても適宜読み替えていただきたい。 さてここで本題だが、人を好きになるとはどういうことか。 人を好きになるということの本質を、言葉で正確に定義することは難しい。そこで凡百の言説を含め、今までさまざまなことが言い尽くされてきた。 このような、いわば議論百出のような状況になっているのは、人を好きになるということが、人生の歩みに基づいた行為だからではないだろうか。人が生きるという有りようがさまざまであるからこそ、人が好きになるという営為もさまざまでありうる。 そうであるとすれば、私にとって、人を好きになるということとはどういうことか、それを書いてみるのも意味があるのかもしれない。 私にとって、人を好きになるということは、説明しがたい、不思議な体験である。別の言葉で言えば、その体験は、どうも人間離れしているようにしか思えないのである。 もちろん、人を好きになるときの高揚感、興奮状態というのは、普段と違う状態ではある。だが私はそういうことを言っているわけではない。 どうも我ながら言語化が下手でもどかしいのであるが、自分の思いをまとまりなく書いてみると、以下のようになるだろうか。 私はときどき思うのである。この薄汚れた灰色の世界、時には地獄としか思えないこの世の中で、私は何ができるだろうか。究極的には、何もできない。そしていろいろなものに蓋をして、絶望すらごまかしながら、生きていくしかない。そうして人生というものがいつかは終わるのだろう。 そのような世界で、人を好きになることこそ、人にできる最後の祈りでないだろうか。そしてそれは、神からの祝福であるように思えるのである。だからこそ、人を好きになる、人を愛するときのみ、人は神になることができるのではないだろうか。 そのように考えてきた...

永遠ということ

つい先日、はてな匿名ダイアリーに以下のような記事がありました: 不死を扱った作品が好き https://anond.hatelabo.jp/20191029152636 その、はてなブックマークのエントリは以下のとおりです: [B! 増田] 不死を扱った作品が好き https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20191029152636 その内容について特にコメントすることはありませんが、ふと思ったことがありました。そこで、例によってまとまりはありませんが、記録としてエントリにしてみたいと思います。 不死といえば人類の見果てぬ夢ですが、死ねないということは、一つの罰にもなりえます。たとえば、磔にされ、生きたまま肝臓を鷲についばまれるプロメーテウスとか、山頂まで岩を運ぶよう命じられるが、あと少しで山頂に届くとき、その岩が転がり落ちてしまうシーシュポスなどは、死ねないがゆえにその苦行が繰り返されます。このような状況では、死は、一つの安息とも見えてしまいます。 一方で、ギリシャ神話におけるティターンなど、神々は不老不死と考えられることが多いと思われます。つまり、不死とは、神にのみ許されたものであり、それは、罰でもあるのです。以上のことは、どう考えられるでしょうか。 以前書いたことがあるように、私は特定の宗教に帰依していません。そこで無責任に考えてしまうのですが、神とは、本質的に、罰を背負った存在と言えるのではないでしょうか。 もちろんこのとき、私には、イエスの姿が念頭にあります。それは、人間の罪を一身に引き受けて、十字架で死んだイエスの姿です。そして、ルカによる福音書23章のことが頭に浮かんでくるのです。 39. 十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。40. もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。41. お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。42. そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。43. イエスは言われた、「よ...

クリスマス・キャロル (チャールズ・ディケンズ)

いよいよ明日、元号が平成から令和に変わる。元号に意味はないと考えることもできるが、それでも一つの時代の区切りを表すものなのではないか。するとその移り変わりは、いわば生まれ変わりを連想させずにはおかない。そう考えるといろいろな物語のことが思い浮かぶが、このエントリでは、ディケンズによるクリスマス・キャロルについて書いてみたい。 と言っても、クリスマス・キャロルはあまりにも有名な小説で、今さら私などがブログに書くのも躊躇してしまう。私自身何度も読んだし、映画化も何度もされている。主人公のスクルージは、守銭奴の代名詞として英単語になっているほどだ ( https://en.wiktionary.org/wiki/scrooge )。しかし、屋上屋を架すのもブログの醍醐味であり、臆面もなくエントリにしたいと思う。 クリスマス・キャロルは、スクルージという老いた商人の改心の物語である。スクルージは、単純に言えば守銭奴で、無慈悲で冷酷な男である。造形としては、現代では典型的なキャラクターに思われるだろう。そのスクルージのもとに、過去・現在・未来を表す三人の精霊(幽霊と訳すこともある)が現れ、それをきっかけとして、スクルージは生まれ変わったかのようになるのであった。 この物語は、クリスマスがどんな意味を持つかが分からないと、真に理解できないのかもしれない。したがって、非キリスト者てある私が、クリスマス・キャロルを語ることについては、ある種の後ろめたさを感じる。それでもあえて言うならば、私は、この物語を読むとき、イエスのあの有名な言葉をいつも思うのだ: この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。 (マタイによる福音書 4:17) しかし、クリスマス・キャロルは、単にスクルージの悔恨と改心の物語ではないのではないか。三人の精霊が訪れたのち、スクルージは実質的に死んだ。そして、再び新たな生を生きた。むしろそれは、再生というより新生という言葉がふさわしい。つまりスクルージは、復活したイエスを想起させる存在なのかもしれない。そう考えると、スクルージは生まれながらの守銭奴ではなく、生きてきた環境によってそうならざるを得なかったという見方もできるだろう。 いずれにせよ、クリスマス・キャロルは、死と生の物語である。そして死に続くその生は、永遠に続くのである。 一...

ブログが終わりつつある時代に

もう旧聞に属するかもしれないが、ブログのエントリにしておきたい。 今年の2月28日に、Yahoo!ブログの終了がアナウンスされた: Yahoo!ブログ サービス終了のお知らせ https://promo-blog.yahoo.co.jp/close/index.html Yahoo! Geocities も、この3月末で終わる: サービス終了のお知らせ - Yahoo!ジオシティーズ https://info-geocities.yahoo.co.jp/close/ これらのアナウンスを読むと、いろいろな思いが去来する。ブログは冬の時代と言われて久しいが、最早それも過ぎて、いよいよブログも終わりのフェーズに入ったということだろうか。長かった平成もこの四月で終わることを思えば、ブログが終わりつつあるという感慨もますます強くなる。 実際、note などのごく少ない例外を除けば、ブログを書く人は本当に減った(note は、古い意味でのブログとはまた違うような気がする。それはむしろいいことなのかもしれないが)。 昨今の状況を見てみると、本ブログをホストしているウェブリブログも、いつ閉鎖するか分からない。しかし、ウェブリログは、むしろよく頑張ってサービスを提供してくれたと言えるのではないか。仮に今サービスが終了するとしても、感謝の念しかない。 こうした、ブログを取り巻く状況に思いを巡らせると、私も、ブログに対する姿勢を変えなければと思うようになってきた。より具体的には、なりふり構っていられない、書きたいことはなんでも書かねばという、いわば焦りにも似たような思いである。現在は、ウェブリブログに限らず、どんなブログサービスも、いつ終了してもおかしくないというような状況である。今書かなければ、その機会は失われてしまうかもしれない。 たとえば、私は、ブログに書かないと決めたテーマがある。ネガティブなこと、より広く言えば、人間の闇に関することなどだ。これらは、人間というものの一つの真実であり、文学のテーマでもある。しかし、こうした内容については、このブログで触れることを意図的に避けてきた。それは、誤解を招くのを恐れず言えば、私がこのブログで扱っていきたいテーマとはそぐわないからである(これついてはたびたび書いてきたが、たとえば「 ブログ開設12周年と,今後ブログに書いていきたいこと 」...

中谷宇吉郎と寺田寅彦

中谷宇吉郎(なかや うきちろう)は,昭和初期の物理学者で,雪の結晶や人工雪の研究で知られている.また,随筆家としても知られ,多くのすばらしい随筆を残している.現在本として入手しやすいのは,「雪」「中谷宇吉郎随筆集」(いずれも岩波文庫)くらいだろうか.いずれも名著であり,このブログで紹介したいと考えていたのだが,それらについてはネットでもいろいろな書評などがあるようなので,まずはこのブログらしく(?),「寺田先生の追憶」という作品を手がかりに,中谷宇吉郎と寺田寅彦のことを書いてみたい. 中谷宇吉郎は,当時の東京帝国大学理学部物理学科で,寺田寅彦に師事して実験物理学の研究に携わった.それから,中谷は生涯寺田寅彦を敬愛していく.もともと,寺田研究室に入る前から吉村冬彦(寅彦の筆名)の作品を愛読し,寅彦宅にも度々訪れていたというので,よほど馬が合うところがあったのだろう.こういった点は,漱石の「こころ」における「先生」と「私」の関係や,寅彦と漱石の関係を髣髴とさせるものがある. 「寺田先生の追憶」は,中谷宇吉郎が,その敬愛する師寺田寅彦の追憶を物語るものである.その書名から明らかなように,中谷には,寅彦による「夏目漱石先生の追憶」( 本ブログの書評 )が念頭にあったに違いない.しかし,それにならって書名を「寺田寅彦先生の追憶」としなかったのは,中谷の,師から一歩引くような誠実な姿勢が理由であると考えたら,それはうがちすぎだろうか. ともかく,「寺田先生の追憶」は,次の名文で始まる. わが師,わが友として,最も影響を受けた人たちといえば,物心がついてから今日まで,私が個人的に接触したすべての人が,師であり友であった. この随筆では,中谷が寺田研に入ってから,理化学研究所に入った後数年くらいまでの期間を中心として,寅彦の思い出や,自身の研究の話が語られる.ここに出てくるエピソードは,寅彦の随筆でも見かけないようなものもあり,興味深い.そして,それらが中谷のまじめで純朴な筆致で語られるのである.これは,中谷宇吉郎の他の随筆などの文章でも感じられることである. しかし,正直に言えば,あの胸を打たれずにはおかれない「夏目漱石先生の追憶」に比べると,「寺田先生の追憶」は,素晴らしいものの,強い感銘を受けるまでにはいかない(寺田寅彦の追憶としては,中谷による「指導者としての寺田先生」の方...

親子ということ

今年最後のエントリとして,今年後半に気になったニュースについて,思ったことを書いてみたい.今回のエントリは,主に私自身のために書くものであり,なおかつ,個人的な詳細については触れないつもりなので,分かりにくいところがあるかもしれず,その点はどうかご容赦されたい.それでも,何か伝わるところがあれば幸いです. 11月の終わりから2週間ほどで,以下の二件の記事があった: 新生児取り違え:60歳男性「生まれた日に時間を戻して」 毎日新聞 2013年11月27日 http://mainichi.jp/select/news/20131128k0000m040116000c.html 「違う人生があったとも思う。生まれた日に時間を戻してほしい」。東京都墨田区の病院で60年前、出生直後に別の新生児と取り違えられ、東京地裁で病院側の賠償責任を認める判決を勝ち取った都内の男性(60)が27日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、揺れる思いを吐露した。  男性は1953年3月に出生。13分後に生まれた別の新生児と、産湯につかった後に取り違えられ、実母とは違う女性の元に渡された。育った家庭では、2歳の時に戸籍上の父親が死去。育ての母親は生活保護を受けながら、男性を含む3人の子を育てた。6畳アパートで家電製品一つない生活だったが「母親は特に(末っ子の)私をかわいがった」と振り返る。「この世に生を受けたのは実の親のおかげ。育ての親も精いっぱいかわいがってくれた」。既に他界した4人の親への感謝を口にした。 「お父さんは僕しかおらん」 性別変更の男性、闘い4年 朝日新聞デジタル 2013年12月12日 http://www.asahi.com/articles/TKY201312120003.html 「親子を結ぶのは、血のつながりだけではない」。そんな訴えが、最高裁に認められた。性同一性障害で女性から性別を変更した男性に、第三者からの精子提供で生まれた子との親子関係を認める決定が示された。11日、男性に届いた知らせは、家族に笑顔とうれし涙をもたらした。 いずれも,重いニュースである.そして,親子との血のつながりと,その愛について考えさせられた. 以前,親子の間の愛ということ,特に,血のつながらない親子の愛について,いろいろと考えたことがあった. そのようなとき,芥川龍之介の短編である「捨...

人生と愛について(雑感)

我ながら,気恥ずかしいタイトルになってしまった.まあ,ブログを書くということは恥をかくということでもあるから,開き直ってエントリを書いてみたい. 11月,12月と非常に忙しいのだが,相変わらず facebook はぼちぼちと続けている.特に,高校のときの同級生のグループでのやりとりはとても楽しい.そこでのやりとりの中で,友人が夫婦喧嘩をして,女房も分かってくれないといった愚痴をこぼしていて,思わず苦笑したことがあった.そして,いろいろと考えているうちに,今年起こったさまざまなことについて,思いをはせた.そのとき思ったことが,今回のエントリの動機である. 人と人はどれくらい分かりあえるものだろうか.この問いによって,我々は,自分自身が持つ孤独というものに向き合わざるを得ない.このことは古来さまざまな文学のテーマとなったが,私がその孤独ということについてときどき思い出すのは,太宰治の「駈込み訴え」という小説( 本ブログのエントリ )の次の一節である. あの人(注: イエスのこと)が,春の海辺をぶらぶら歩きながら,ふと,私(注: イスカリオテのユダのこと)の名を呼び,「おまえにも,お世話になるね.おまえの寂しさは,分かっている.けれども,そんなにいつも不機嫌な顔をしていてはいけない.寂しいときに,寂しそうな面容(おももち)をするのは,それは偽善者のすることなのだ.寂しさを人にわかって貰おうとして,ことさらに顔色を変えて見せているだけなのだ.まことに神を信じているならば,おまえは,寂しいときでも素知らぬふりして顔を綺麗に洗い,頭に膏(あぶら)を塗り,微笑んでいるがよい.わからないかね.寂しさを,人に分かって貰わなくても,どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが,わかっていて下さったなら,それでよいではないか.そうではないかね.寂しさは,誰にだって在るのだよ」そうおっしゃってくれて,私はそれを聞いてなぜだか声出して泣きたくなり,いいえ,私は天の父にわかって戴かなくても,また世間の者に知られなくても,ただ,あなたお一人さえ,おわかりになっていて下さったら,それでもうよいのです.私はあなたを愛しています.ほかの弟子たちが,どんなに深くあなたを愛していたって,それとは較べものにならないほどに愛しています.誰よりも愛しています. 聖書の有名なエピソードを上記のように解釈しなお...

I was born (吉野弘)

ここ数年,高校の教科書を読む機会がある.この年になって読む教科書は,自分が高校生だった頃に感じた以上に面白く感じる.特に,私の高校時代の現代文教科書に載っていた題材が,いまだに採録され続けているのを見つけると,非常に興味深く感じる.たとえば,吉野弘の現代詩「I was born」などがそうである.こうした作品を読むと,高校のときの自分と,現在の自分との違いについて,さまざまな思いが浮かんでくる.今回のエントリでは,例によってまとまりがないが,I was born という詩について,そうした思いを書いてみたい. I was born では,「僕」は,ある発見を興奮したようにその「父」に話す: そのとき僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した.僕は興奮して父に話しかけた ――やっぱり I was born なんだね―― 父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ.僕は繰り返した. ――I was born さ.受身形だよ.正しくいうと人間は生まれさせられるんだ.自分の意思ではないんだね―― だが「父」は,「僕」の発見に応えようとせず,一見関係のない話を始める.  父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした. ――蜻蛉(かげろう)という虫はね 生まれてから二,三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何のために世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね―― そして「父」は,ちょうどそのころ「僕」の「母」が亡くなったと話す.だが「僕」も,「父」の意図が分かったわけではなかった.  父の話のそれから後は もう覚えていない.ただひとつの痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった. ―ほっそりとした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体―― この詩を読むと,いつも,高校生のころ初めてこの詩を読んだときに感じた思いを思い出す.それは,決して好意的なものではなかった.むしろ反発のようなものであったと思う.その思いをもう少し詳しく書いてみよう. この詩の中で,「父」は,「僕」に何かのメッセージを伝えようとしている.それは,あえて残酷でかつ単純な見方をすれば,「僕」のせいで「母」が死んだとも取られかねないものである.ただ,そういった単純なものではなく,「父」が伝えたかったのは,もっと一般的な,人生のある恐ろしい真実のようなもの...

ロマンチックな話3題

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年度末ということもあるが,忙しくて1月はブログを更新することができなかった.これが今年最初のエントリということになるので,おめでたい話題をということで(?),昨年末から1月にかけて知った,ロマンチックな話を3つここに書いておきたい. ケイト・ミドルトンさんのためのウェディングドレス これは某日記で既に書いた話であるけれども,せっかくなのでこのブログにも記録しておきたい. イギリス王室のウィリアム王子と,ケイト・ミドルトンさんが今年の4月29日に結婚することが決まったようだ.これに関し, 29 Famous Fashion Designers Sketch Wedding Gowns For Kate Middleton  という記事で,有名ファッションデザイナーがケイトさんのウェディングドレスをスケッチしたものが紹介されていた. 上記記事には,他にも素敵なウエディングドレスのデザインがあるので,ぜひご覧ください. 飛行機の中でプロポーズ 以下の YouTube の映像は,「 世界一ロマンチックな映像その2 」という記事で知った. バルセロナに向かうある飛行機の中で,フライトアテンダントのベラ・シルバさんは,普段通りに仕事をしている.すると突然,彼女の恋人がマイクを持ってプロポーズを始めた.もともとの言葉はポルトガル語らしくよく分からないので,通訳された英語のプロポーズの言葉をここに書き記す. "Vera Silva, there are two reasons for my presence on this flight.  The first is because I love you a lot and because I want to ask you a question.  Will you marry me?" (a few seconds later) "... Si (yes)" (拙訳) 「ベラ・シルバ,僕がこの飛行機に乗ったのには二つの理由があるんだ.一つ目は,僕が君のことをとても愛しているから,二つ目は,君に聞きたいことがあるからなんだ.僕と結婚してくれるかい?」 (数秒後)...「はい」 なんという破壊力のある動画だろうか.べたな展開ではあるけれども,他人のロマンティックな話というのはとてもいいものだ....

親と離れ離れになった子ザル

Boar-riding Rodeo Monkey Triggers Cuteness Overload in Japan より. 福知山動物園で,親と離れ離れになった子ザルとウリ坊(猪の子供)が仲良く生活し,特に,その子猿がロデオのようにウリ坊の背中に乗るところが評判になっているという. 確かに,かわいいといえばかわいらしい.しかし,私には,どうも哀れさのほうが強く感じられる. 中国では,断腸の思いといった故事や,杜甫の「風急天高猿嘯哀 (風急に天高くして猿嘯哀し)」といった詩句にあるように,猿の鳴き声は哀切の感を呼び起こすもので,また,猿の親子の結びつきには特別なものがあると思われているようだ.単なる詩作上の約束事かもしれないが.上記の子猿に哀れさのようなものを感じるのも,そのようなイメージがあるからかもしれない. そういえば,以前,ネットで以下のような写真を見かけた(リンク切れ). 親と離れ離れになった,生後12週の子猿らしい.上記動画にもあるように,生まれたばかりの子猿は1年ほどは親にぴったりとくっついて離れないという習性があるため,この子猿は,親の代わりに鳩に抱きついているのだろう. 私は,過剰に擬人化した某アニメのようなものはどうも好きでないが,それも首尾一貫しているわけではなく,上記の写真にあるような子猿は,人間のように思えてならない.私も含めて,人間というものは,一皮むけばこの子猿のようなものではないかという気がするからである.

永遠の抱擁

National Geographic は,私がいつも楽しみに読んでいるサイトの一つである.そこで,以下のようなエントリがあり,思うところもあったので,このブログに書いてみたい. Ancient Cemetery Found; Brings "Green Sahara" to Life http://news.nationalgeographic.com/news/2008/08/080814-sereno-sahara-missions.html 上記記事によれば,古生物学者 Paul Sereno の研究チームが,恐竜の化石を探している最中に,サハラ砂漠で最大で最古の墓地を発見したという.上記の写真は,その中の一つに墓にあった,女性とその子供二人の骨格である.この三人が亡くなったのは,5300年以上前であるとみられる.また,この骨格の下には花粉の残存物があったことから,花を敷き詰めた上に埋葬されたと考えられている.研究チームは,この墓の遺体を「Stone Age Embrace」(石器時代の抱擁)と呼んでいるということだ. 上記エントリを読んで,以前 National Geographic には以下のような記事があったのを思い出した.こちらの方が有名かもしれない.海外ではブログ等でいろいろと言及されていたので. Photo in the News: Skeleton "Valentines" Won't Be Parted http://news.nationalgeographic.com/news/2007/02/070213-bones-photo.html この,互いに抱き合って埋まっていた二つの骨格は,およそ5000年前に亡くなった二人の若者のものであるということくらいしか知られていない.しかしながら,発掘されたのが2007年のバレンタインデーの直前であり,また,発掘された場所のマントヴァは,ロミオとジュリエットの舞台となったヴェローナのほど近くであることから,これらの骨格は恋人同士のものであると想像されて,世界中にロマンティックな感動を引き起こした.これらの二つの遺体は, 「Eternal Embrace」(永遠の抱擁)と呼ばれることになった. いずれの写真を見ても,まずは死ということについて考えさせら...

愛の試み (福永武彦)

再び読み返すのが怖くなる本というものが,誰にもありはしないだろうか.いわゆる恐怖小説のことを言っているのではない.最初に読んだときの感動があまりに大きく,読み返すことによってその感動が色あせてしまうのが怖くて,読み返すことが出来ない本である.私にとっては,福永武彦のほとんどの作品がそれである. しかし,時間がたつにつれ,もう一度読んでみたいという思いも次第に強くなってくる.最初に読んだときの感動が薄れるのは怖いが,年輪を重ねてきたことによる,新たな読み方や発見があるかもしれない.何より,自分の人生のときどきで,福永武彦の作品を読みたいという気持ちを抑えることは出来ない.そこで,ブログを書いているのを機会に,一つづつ読み返すことにした.今まで大事にとっておいた宝箱のふたを開けるような思いがする. 福永武彦は,残念ながら,一般的にはあまり知られていないかもしれない.福永は,1918年,福岡県筑紫郡に生まれた.その後,東大仏文科を卒業する.そのころ,堀辰雄や高村光太郎と知り合ったらしい.さらに,生涯を通じて,中村真一郎,加藤周一と親交が深かった.福永は,学習院大学で教鞭をとる傍ら,「草の花」「忘却の河」「廃市」「海市」「死の島」等の名作を世に残す.また,加田伶太郎のペンネームで推理小説を発表したり,第2次大戦中には暗号の解読を行ったりするなど,異色の経歴もある.昭和54年,61歳で没.その2年前,病床にてキリスト教の洗礼を受けていた.福永武彦の作品には,観念的,理知的な傾向があり,それが,一般にあまり受け入れられていない原因になっているように思える.しかしながら,その作品は抒情的で,薫り高い.個人的には,本来の意味でのロマンを書ける,日本で唯一の小説家ではないかと考えている.私が最も敬愛する作家の一人である. 福永武彦の作品で,一番最初によんだのは,「愛の試み」(新潮文庫)であった.大学生のころ,新宿の紀伊国屋書店で買った記憶がある.そこで,まず最初にこの作品について書いてみたい. 「愛の試み」は,愛に対する作者の思索の過程をつづった書(エッセイ)である.この思索の過程は,愛が生まれ,また終わっていく過程に沿って語られる.作者はまず,すべての人間が生まれながら持つ,孤独を見つめることから思索を始める. 人は孤独のうちに生れて来る.恐らくは孤独のうちに死ぬだろう.僕等が意識...