掌の小説 (川端康成)
「掌の小説」(新潮文庫)は,川端康成が40年にわたって書き綴った,111篇の短編が収められた短編集である.このブログの前のエントリでも述べたように,川端文学の真髄が最も端的に表れるのはその短編集であるように思われる.「掌の小説」は,その最高峰といってよいだろうと思う.ここでは,111篇の短編の中から,特に感銘を受けた作品について書いてみたい.なお,以下では内容について一部触れるので,未読の方は注意されたい.
- 「帽子事件」…現実とも非現実とも見分けがつかない,独特な読後感を残す御伽噺のような作品.
- 「日向」…自伝的な要素を持つ.相手の顔をまじまじと見てしまう主人公の癖を題材に,主人公の祖父の思い出と,許婚への愛情が見事な形でまとめられている.
- 「指輪」…少女が見せる,女性的なるもの.「雪国」や「伊豆の踊り子」にも共通する,哀しく,なまめかしく,そして美しいもの.川端文学の一つの真骨頂.
- 「夏の靴」…枯れ草の上に白く咲いた,少女の白い靴.絵画的な印象を鮮烈に与える作品.
- 「有難う」…わずか5ページに,この時代に生きる人間の喜びと悲しみを見事に凝縮した川端の手腕.一言一句に無駄がない,とぎすまされた表現.一遍の映画を見るかの思い (実際に映画化されたとのこと)
- 「母」…「よき母になり給えよ われもわが母を知らざれば」
- 「神います」…高揚した作者の精神.
- 「雨傘」…雨傘を道具立に,少年と少女に芽生えた初めての,淡い愛の形.幼いものの,昇華された男女の愛.
- 「化粧」…女性,あるいは不可知なるものへの畏れ.
- 「眠り癖」…時が過ぎるにつれ,深く静かなものになっていく夫婦の愛.人生の真の充実がそこにある.
この短編集に収められているのは,それぞれ2~10ページ程度の短編であるが,それぞれが一遍の小説であり,詩であり絵画である.また,作者が40年間にわたって書き綴った作品であるため,「雪国」,「伊豆の踊り子」,「山の音」,「眠れる美女」,「古都」,等の代表的な作品それぞれについて,それらと同じような時期に書かれたと思われる短編が数多くある.つまり,作者の40年の文学的変遷に思いを致すことができ,そういう観点からも興味深い短編集である.川端康成の文学のすべてがここにあるといってよいのではないだろうか.
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