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中谷宇吉郎と寺田寅彦

中谷宇吉郎(なかや うきちろう)は,昭和初期の物理学者で,雪の結晶や人工雪の研究で知られている.また,随筆家としても知られ,多くのすばらしい随筆を残している.現在本として入手しやすいのは,「雪」「中谷宇吉郎随筆集」(いずれも岩波文庫)くらいだろうか.いずれも名著であり,このブログで紹介したいと考えていたのだが,それらについてはネットでもいろいろな書評などがあるようなので,まずはこのブログらしく(?),「寺田先生の追憶」という作品を手がかりに,中谷宇吉郎と寺田寅彦のことを書いてみたい. 中谷宇吉郎は,当時の東京帝国大学理学部物理学科で,寺田寅彦に師事して実験物理学の研究に携わった.それから,中谷は生涯寺田寅彦を敬愛していく.もともと,寺田研究室に入る前から吉村冬彦(寅彦の筆名)の作品を愛読し,寅彦宅にも度々訪れていたというので,よほど馬が合うところがあったのだろう.こういった点は,漱石の「こころ」における「先生」と「私」の関係や,寅彦と漱石の関係を髣髴とさせるものがある. 「寺田先生の追憶」は,中谷宇吉郎が,その敬愛する師寺田寅彦の追憶を物語るものである.その書名から明らかなように,中谷には,寅彦による「夏目漱石先生の追憶」( 本ブログの書評 )が念頭にあったに違いない.しかし,それにならって書名を「寺田寅彦先生の追憶」としなかったのは,中谷の,師から一歩引くような誠実な姿勢が理由であると考えたら,それはうがちすぎだろうか. ともかく,「寺田先生の追憶」は,次の名文で始まる. わが師,わが友として,最も影響を受けた人たちといえば,物心がついてから今日まで,私が個人的に接触したすべての人が,師であり友であった. この随筆では,中谷が寺田研に入ってから,理化学研究所に入った後数年くらいまでの期間を中心として,寅彦の思い出や,自身の研究の話が語られる.ここに出てくるエピソードは,寅彦の随筆でも見かけないようなものもあり,興味深い.そして,それらが中谷のまじめで純朴な筆致で語られるのである.これは,中谷宇吉郎の他の随筆などの文章でも感じられることである. しかし,正直に言えば,あの胸を打たれずにはおかれない「夏目漱石先生の追憶」に比べると,「寺田先生の追憶」は,素晴らしいものの,強い感銘を受けるまでにはいかない(寺田寅彦の追憶としては,中谷による「指導者としての寺田先生」の方