John Backus (ジョン・バッカス)死去

もう一週間ほど前のことになってしまうが,Fortran の発明者として有名な John Backus (ジョン・バッカス)が死去したという.82歳であったとのことである.


John W. Backus, 82, Fortran Developer, Dies
http://www.nytimes.com/2007/03/20/business/20backus.html (現在このページは(無料)会員登録をしないと読めない)


ジョン・バッカスの生涯や業績については,英語版の Wikipedia のページ (John Backus) よりも,上記のページの方が詳しい(また,日本語版の Wikipedia のページ(ジョン・バッカス)は英語版の当該ページの翻訳のようだ).


1か月以上前,本ブログの「ジム・グレイ (Jim Gray) が行方不明に」というエントリで,「計算機科学は比較的新しい分野で,黎明期の偉大な研究者が存命であることが多いが,最近ぽつぽつと訃報を聞くようになった」ということを書いた.実際,チューリング賞を受賞したような著名な研究者は,ほとんど存命である.例外は,たとえばダイクストラ (Edsger Dijkstra)などであろうか.2002年に彼がなくなったのを聞いたときは,ある種の感慨を感じたものだった.


Fortranの開発やバッカス・ナウア記法(Backus-Naur Form,BNF)の考案など,バッカスは大きな貢献を行い,後のコンピュータサイエンスやプログラミングに多大な影響を及ぼした.私の世代では Fortran をメインに使うことはほとんどないが,それでも科学技術計算等,現在でも Fortran が主要言語である分野はいくつかある.いずれにせよ,バッカスは一つの大きな存在であり,その死に際しては,一抹の喪失感のようなものを感じずにはいられない.


大学学部の頃くらいまでは,このような感慨をもつことはほとんどなかったように思う.もちろん,先人の偉大な業績を見聞きして,すごいと思ったり,興味深く感じたりすることはあった.ただ,今のように,(大げさに言えば)自分の皮膚感覚に直接訴えてくるような,ひりつくような実感をもつことはなかった.


このような思いを持つようになったのは,大学院に進んで,またその後,研究に従事し,ものづくり(あるいは新たな価値,理論の創出)ということに携わってからではないだろうか.言い換えれば,まがりなりにも,ものを創造するということの苦しみ,喜び,その過程におけるある種の狂気のようなもの,自分よりもはるかに優秀で,エネルギッシュな人間の存在を目の当たりにしたこと,そういった経験を積んでからではないかと思えるのである.


どんな分野でもそうだろうが,先人の成し遂げてきた,大きな業績というのは数多くある.そのそれぞれは,私にとっては,見上げんばかりにそびえたつ峰のように思える.この峰は,普通に言えば,(私の専門分野では)客観的事実や科学的知見の積み重ねということになるだろう.しかし,この年になって私が強く思いをはせるようになったのは,その背後にある,それを成し遂げるまでの無数の失敗や苦悩,歓喜などといった,あくまでも泥臭い人間的な営為である.それに思いがいたると,私は圧倒され,涙が出そうになるほど感動することがある.バッカスの死や,その生涯に関する記事を読んだことも,そのような思いをする一つの契機となった.


最後に,上記の New York Times の記事にある,バッカスの重みある感動的な言葉を引用しておきたい.


“You need the willingness to fail all the time,” he said. “You have to generate many ideas and then you have to work very hard only to discover that they don’t work. And you keep doing that over and over until you find one that does work.”


(拙訳)「いつも失敗することを喜んで行う必要がある」彼(バッカス)は言った,「沢山のアイディアを考え出さなければならない.そして,結局のところ,それらはうまくいかないということが分かるだけであったとしても,必死でつとめなければならない.さらに,うまくいくアイディアを見つけるまで,何度でもそれを繰り返さなければならないのだ」


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