How to Write a Lot (いかにして多く書くか)

今年の正月に,本を書こうと唐突に決心した.長年ある本を書いてみたいと思っていたのである.それは,直近に実現したい夢の一つでもある.内容は,自分の専門分野の教科書のようなもので,学生のころ読んだある教科書を理想としてイメージしている.まあ,今のところは,仮に書き終えたとしても出版してくれるところがあるかどうかは分からない.


そこで,数年前に一部で話題になった,Paul J. Silvia の「How to Write a Lot: A Practical Guide to Productive Academic Writing」(如何にして多く書くか ― 学術書の生産的執筆への実践的ガイド)という本を,今年の初めに読んでみた.それから8か月以上も経ってしまったが,自分のため,また,本ブログを読んで下さる方への有用な情報の発信のため,ここに本書の内容を簡単にまとめてみたい.


著者 Paul J. Silvia は,ノースカロライナ大学の准教授であり,心理学を専門としている.本書は英語のペーパーバックであるが,149ページと薄く,またその語彙も,理系の英語学術論文を読むことができれば問題なく読める程度のものなので,すらすらと読める人も多いだろう.本書では,著者の専門的な知見を交えつつ,ユーモラスな語り口で,如何にして多くの本や論文を執筆していくかについて述べられている.


もちろん,この種の本は,これまでにもいくつも出版されている.しかし,本書をその他の類書と違うものにしている点がいくつかある.まず,本書は,読者として,学者や研究者を想定しているという点である.すなわち,典型的には大学教授などであり,日々の雑用に追われて執筆時間の確保に苦しんではいるが,書籍や論文を執筆する意思はあり,かつ,執筆するべき内容も能力もあるといったタイプが主な読者として想定されている.しかしながら,なんとなく小説を書いてみたいなあといった読者にも本書はある程度有益ではないかと考える.そして,本書におけるもう一つの特徴的な点は,そのアプローチがあくまでも実践的であるということである.ライフハックなどで見かける精神論や抽象論はほとんどなく,あくまでも,実際の行動を通じたアプローチをとっている.


では,本書が主張する,より多く書くための行動的アプローチとは何だろうか.実はそれは,一つの文でまとめることができる.すなわち,“Making a schedule and sticking to it is the only way to write a lot.”(執筆のためのスケジュールを作り,何としてもそのスケジュールを守ろうとすることが,より多く書くための唯一の方法である) ということである.より具体的には,一日の決まった時間を執筆にあて,何があろうとその時間は確保して執筆活動に専念せよということである.本書では,それが繰り返し強調されている.そこで,この点についてもう少しだけ本書に従って言及してみよう.


多くの人が,「執筆する時間がない」あるいは「大きなまとまった時間さえあれば,もっと多く書くことができるのに」といった不平を言う.しかしこれは,執筆に関する間違った考え方である.時間を見つけるのではない.重要なのは,時間を割り当てることなのだ.スケジュールを作ってそれに固執することこそ重要なのである.このため著者は,以下のようなスケジュールを実行しているという.


I write Monday through Friday, between 8:00 and 10:00 a.m.  I wake up, make coffee, and sit down at my desk.  To avoid distractions, I don't check e-mail, take a shower, or change my clothes before writing -- I literally get up and start to write.


(拙訳: 私は月曜から金曜まで,朝8時から10時までを執筆に当てている.私は目覚めると,コーヒーを作り,机に向かう.そして,集中力を切らさないため,メールをチェックすることもないし,シャワーを浴びることもない.また,執筆の前には着替えることもしない.文字通り,朝起きてそのまま執筆を始めるのである.)



When you follow a schedule, you no longer worry about not writing, complain about not finding time to write, or indulge in fantasies about how much  you'll write over the summer.


(拙訳: スケジュール通りに行動しさえすれば,執筆しないことについて心配したり,執筆する時間がないということに不平を言ったり,あるいは,夏が終わったらどんなに一杯執筆することだろうかといった妄想にふけったりすることは,最早なくなるのである.)


もちろん,スケジュールを守って生活するのは自分には難しいという人も多いだろう.しかし,そういう人でさえ,朝は同じ時間に起きるし,決まったスケジュールで講義を行うし,決まった時間に好きなTV番組を見るだろう.スケジュールを守れない人などいないのだ.環境のせいで執筆できない,スケジュールを守れないというのは,人にとって心地よい言い訳である.そして,人は,潜在的に変わりたくないと思うとき,そういう言い訳を好むのである.


Perhaps you're surprised by the notion of scheduling.  "Is that really the trick?" you ask.  "Isn't there another way to write a lot?" Nope -- making a schedule and sticking to it is the only way.


(拙訳: おそらくあなたはスケジューリングという考えに驚かれることだろう.「それが本当に(多く書くための)コツなのですか?」あなたはそう尋ねる.「他に方法はないのですか?」 -- ない.スケジューリングを行い是が非でもそれを実行することだけが唯一の方法なのである.)


たとえば,書きたい気分になるまで待つ,インスピレーションが湧くまで待つ,といったやり方も,心理学の研究ではうまくいかないとされているそうだ.The secret is the regularity, すなわち,定期的な時間を定めてその時間は執筆に専念するということこそが,優れた質の内容を大量に書くための唯一の方法なのである.




本書のもう一つの特徴は,「Motivational Tools」という章にある.その中でも特に興味深いのは,「Monitoring Progress」という節で,毎日の執筆状況を記録し,統計を取るというアプローチを推奨している点である.それにより,進捗状況管理が行えるし,またそれがモチベーションの維持につながるという.そのために,著者は,何ワード書いたか,その日の目標を達成したか,等を毎日記録し,SPSS (有名な統計分析ソフト)で分析しているということである.


この点に非常に感銘を受けたので,私も,自分の執筆状況を自動的に記録するよう,シェルスクリプトを書いてみた.このシェルスクリプトは Debian Linux 上の cron で毎日一度実行され,その日に書いた行数やファイル名などを計算し,Excel の csv 形式で記録して,その結果をメールで送るような仕組みになっている.参考のため,その一部,3月から1か月分をここに載せてみる.なお,フィールドは一部省略している.


2011/03/01,2666,23
2011/03/02,2666,0
2011/03/03,2738,72
2011/03/04,2794,56
2011/03/05,2794,0
2011/03/06,2817,23
2011/03/07,2817,0
2011/03/08,2884,67
2011/03/09,2884,0
2011/03/10,2884,0
2011/03/11,2884,0
2011/03/12,2896,12
2011/03/13,2941,45
2011/03/14,2941,0
2011/03/15,2941,0
2011/03/16,2941,0
2011/03/17,2941,0
2011/03/18,2941,0
2011/03/19,2941,0
2011/03/20,2941,0
2011/03/21,2941,0
2011/03/22,2941,0
2011/03/23,2941,0
2011/03/24,2941,0
2011/03/25,2941,0
2011/03/26,2941,0
2011/03/27,2941,0
2011/03/28,2941,0
2011/03/29,2941,0
2011/03/30,2941,0
2011/03/31,2941,0
2011/04/01,2941,0
2011/04/02,2941,0
2011/04/03,2941,0
2011/04/04,2941,0
2011/04/05,2941,0
2011/04/06,2941,0
2011/04/07,2941,0
2011/04/08,2941,0
2011/04/09,2992,51


フィールドの内容は,日付,トータルの行数,一日に書いた行数,というようになっている.なお,実際はもう少し細かく記録している.そして,上記の統計で,その日の一行およびその他の情報が,メールで一日一回送られてくるのである.


これを見ると,今年の3月11日あたりから1か月ほど,ほとんど一日何も書いていない.3月11日は,言うまでもなく東日本大震災の起こった日である.それから1か月ほどは,本の執筆だけでなく,仕事も全く手につかなかった.統計は,究極的には単なる数字の羅列にしか過ぎない.しかし,このエントリを書くにあたって執筆状況の記録を見直してみると,その日のことがいろいろと思い浮かぶのである.



・・・


ともかく,本書は,より生産的な執筆をしたいと考えている方にとって,一読の価値はあると思う.英語も難しくなくまた気楽に読めるので,興味のある方はぜひご覧ください.




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