昔飼っていた犬
http://aplacetolovedogs.tumblr.com/post/10952944813/submitted-by-lzlikescricket-adorable-pup
より:
昔,実家で飼っていた犬にとてもよく似ている.首輪の色や形までそっくりである.耳の形がちょっと違うくらいか.その犬は,私が中学生のころ拾ってきたもので,捨て犬だった.見つけたときは,タオルを敷いた段ボールの中に入れられていて,とても小さく,よちよちぎこちなく動いていた.鳴き声もたててなかったような気がする.そして,なんだか,とてもミルクくさいようなにおいがしていた記憶がある.最初はとても小さく,首輪や鎖をつけると,それがあまりに大きく不似合に見えるほどだった.それが,半年もたつとすぐに大きく成長して,普通の犬くらいの大きさに育ったように思う.中学生のころ初めて飼った犬だったせいか,私にとっては,世界一可愛くまた世界一賢い犬だった.しかし,15年ほど生きて,最期はフィラリアで死んでしまった.それ以来,もう犬を飼う気にはならない.
別の某ブログでも書いたように,猫は飼ってみたいと思う.しかし,上の写真を見て,なんとなくもう飼わない方がいいような気がしてきている.
先日,本ブログの「人は皆「自分だけは死なない」と思っている」というエントリで,夏目漱石の「硝子戸の中」を引用した.その一部を再掲する.漱石は,以下のように述懐するのである.
私は宅へ帰って机の前に坐って、人間の寿命は実に不思議なものだと考える。多病な私はなぜ生き残っているのだろうかと疑って見る。あの人はどういう訳で私より先に死んだのだろうかと思う。
私が飼っていた犬はもう死んでしまった.しかし,私は普通にいま生きている.それは何故だろうか.そう考えると,説明しづらいのだが,なにか不条理な気がするのである.
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