愛する人達 (川端康成)

皆さんは,「珠玉」という言葉を聴くと何を思い浮かべるだろうか.小説に限って言えば,私が思い浮かべるのは,福永武彦の作品である.また,宮本輝,川端康成,井上靖にもそういう作品は数多い.ここでは,川端康成の短編集「愛する人達」(新潮文庫)について書いてみたい.


川端康成といえば,いわずと知れたノーベル文学賞作家である.雪国などの数多くの名作を残しているが,川端は短編集にも遺憾なく真価を発揮している.というより,川端文学の真髄が最もよく表れるのはその短編集であるといえるかもしれない.特に,「掌の小説」やここで述べる「愛する人達」などにおいては,作者のみずみずしい感性が短編であるがゆえに凝縮され輝きを増し,あまりに繊細であるために触れれば壊れてしまいそうな,まさに宝石のような短編がちりばめられている.

「愛する人達」は,川端康成が小説家として最も油が乗った時期に書かれた短編集であり,9編の短編を収めている.この短編集には,川端康成の描く愛の形が,それぞれまさに珠玉の短編としてまとまっている.その中でも私が最も思い入れのある作品が,「ほくろの手紙」という短編である.ところで,偶然かもしれないが,この短編集の題名である「愛する人達」という言葉が,この短編の中にあらわれている.作者としてもこの短編に最も思い入れがあるのでは,と考えるのはうがちすぎであろうか.

「ほくろの手紙」は,ある女性の,その夫に向けられた独白の形をとっている.この女性には,右肩の首の付け根にあるほくろをいじる癖があった.彼女の夫はこの癖を嫌がり,彼女を叱責する.彼女もこの癖をやめようと努めるのだが,どうしてもやめられない.その夫もとうとう根負けしてしまい,また,いつの間にかそれに無関心になってしまう.不思議なことに,彼女の癖もいつの間にか直ってしまった.彼女はその理由が分からなかったのだが,実家に帰って母とたわいもない話をしているとき,突然その理由が分かってしまったのであった….

ほくろをいじる癖という見事としかいいようがない仕掛けを基にして,哀しいけれども,人の心を打たずにはおかない名品が紡ぎあげられている.川端康成のみずみずしい感性が,遺憾なく発揮された作品ということができるだろう.



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