聖書時代史 - 旧約篇 (山我哲雄)

聖書を読もうと思い立ってから,早くも丸二年になった(聖書を読む).最近忙しく,予定よりもはるかにペースが落ちているが,それでもかれこれ1000ページ近く読み進み,ようやく詩篇までこぎつけた(聖書を読む (334) - 詩篇 第8~9篇).といっても,いまだに旧約聖書の段階である.


しかしながら,旧約聖書を理解できたかといえばとてもそんなことはなく,読むほどに疑問点や理解不能な点が増えていくかのように思われる.ただ,一つ実感しているのは,旧約聖書の根底にある,何か強く,烈しいものである.旧約聖書を読むにつれ,その思いが自分の中に存在感を増していくかのように思われる.


だが,それこそが神の摂理であるなどと,したり顔で言うことには抵抗を感じる.そもそも,そのような考えが自分の今の思いを説明するようには思われない.結局のところ,それが何であるかは説明できず,また自分でもそれをつかみきっておらず,そもそも見当違いかもしれず,いずれにせよ,もどかしい思いがする.


このような状況になる原因の一つは,私に基本的な知識がないということにあるだろう.そこで,聖書に関する書籍を色々と読んで勉強している.今回は,その中でも「聖書時代史 - 旧約篇 」(山我哲雄,岩波現代文庫)について書いてみたい.


本書は,紀元前1500年ごろのカナンの地へのイスラエル民族の定着から始まり,サウルを初代の王とする王制の導入,北王国と南王国(ユダ王国)への分裂・その滅亡,バビロン捕囚,ペルシア帝国による支配から,ローマによる征服に至るまでの,イスラエル・ユダヤ民族の歴史を明確にするものである.そして,そのような歴史こそが,旧約聖書の主たる内容に他ならない.ただし,旧約聖書によって描かれるその歴史は,過去の出来事の正確な記録という意味での歴史ではない.むしろそれは,起こったであろうと信じられる出来事の歴史であり,また,イスラエル民族の神の意思と行為を描くものとしての歴史である.本書は,近年の聖書学の展開を俯瞰しながら,このような「信じられた」歴史について詳細な検討を加えていく.


そのような本書が与える知見に関して,自分の勉強のためにも,特に感銘を受けた事項について以下にまとめてみたい.


  • イスラエル民族がその民族的な同一性としてよりどころとする,(1) アブラハム・イサク・ヤコブが民族の共通の祖先であるということ,(2) 神の救済史としての出エジプト,は,現在の研究ではいずれも歴史的(旧約聖書が語る形での)事実とは考えられていない.


  • 出エジプト後のイスラエル人が,シナイでヤハウェと契約を結び,律法を与えられたいわゆる「シナイ契約」は,聖なる山における神顕現(テオファニー)の伝承と考えられている.


  • イスラエル民族の起源については諸説あるが,いずれにせよ,最終的には同一民族としての共属意識(ヤコブが民族の共通の祖先であり,神の救済としての出エジプトを共に「体験」したという信念)を持つものが結びついてイスラエル民族となった.


  • イスラエルが王制を導入するに至ったのには様々な複雑な要因があるが,そもそもヤハウェ宗教は人が人を支配することを認めないものであり,イスラエル人の中に様々な対立と葛藤を呼び起こした.このことは,たとえば,サムエル記に描かれるサムエル像の矛盾によってもうかがえる.


  • かつて「奴隷を解放する神」,「人間による人間の支配を認めない神」であったヤハウェは,統一王国においては,ダビデ王朝の「万世一系」を正当化する神として変質していく.


  • 古代においては,民族や国同士の戦争は,それぞれが信奉する神と神の戦いに他ならなかった.したがって,王国滅亡はヤハウェの敗北をも意味し,ユダヤ民族における信仰の動揺・危機があった.これを克服し,王国滅亡やバビロン捕囚の神義論的な意味を解明するために,現在のような形式で申命記史書が成立した.


本書は,最近の歴史学的・考古学的な研究動向を取り入れ,旧約聖書の内容の歴史的蓋然性に検討を加えながら,その歴史的経過を再構成していく.そのアプローチがあくまで明晰かつ客観的であることが,本書が,信頼性の高い学術的解説書となっている所以である.さらに,本書には,旧約聖書時代の中東の地図,重要人物や王の系図が豊富に収められており,かつ,旧約聖書の歴史年表や人物索引が記載されている.これだけでも非常に資料性が高いのではないだろうか.勉強のためにも,今後も繰り返して読みなおしていきたいと考えている.


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