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ウェブリブログのリニューアル

ウェブリブログがリニューアルするそうなので、メモを兼ねてエントリにしたいと思います。 事務局からのアナウンスは以下のとおりです: 【重要】大規模メンテナンス(6/4)およびリニューアルのお知らせ ウェブリブログ事務局/ウェブリブログ https://info.at.webry.info/201905/article_1.html ウェブリブログリニューアル後の機能のご案内 ウェブリブログ事務局/ウェブリブログ https://info.at.webry.info/201905/article_2.html 改善される機能で、ブログの見た目が変わりそうなものは、アップロード、文字数上限、デザインテンプレートなどの変更でしょうか。一方で、アクセスカウンタ、トラックバック、気持ち玉などの機能は廃止されることになりました。 多くのユーザにとっては、気持ち玉の廃止が問題のようです。上記のアナウンスにおけるコメントを見ても、人気のある機能であることが分かります。ウェブリブログの特徴であると言えるのではないでしょうか。 一方で、私にとっては、アクセスカウンタの廃止がもっとも残念ですね。記事ごとにアクセスカウンタを設定できるブログサービスは、ウェブリブログ以外にはあまりないのではないでしょうか。お気に入りの機能だったので、廃止されるとなると、淋しい気がします。 トラックバックの廃止は、時代の流れですかね。はてなも、ダイアリーからブログにサービスが移行するとき、トラックバックが廃止されました。しかし、トラックバックといえばブログの華というべき機能で、それを廃止とは、やはり淋しい気がしますね。 全体としては、ウェブリブログらしい機能がなくなっていくようなリニューアルといえるでしょうか。 こうしてみると、ブログを取り巻く環境が随分変わったなとつくづく考えさせられます。それについては今までも書いてきたので、繰り返しませんが。 まあ、リニューアルしてくれるだけでも有難いとも言えますね。あまり運営サイドから放置されても、不安になりますから(苦笑)。 私については、ブログを書くことは楽しいので、どんな状況になっても、こつこつと書き続けるつもりです。関係する皆様、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。 (関連エントリ) ブログが終わりつつある時代に (追記 2019年5月30日) 実施日は延期さ...

クリスマス・キャロル (チャールズ・ディケンズ)

いよいよ明日、元号が平成から令和に変わる。元号に意味はないと考えることもできるが、それでも一つの時代の区切りを表すものなのではないか。するとその移り変わりは、いわば生まれ変わりを連想させずにはおかない。そう考えるといろいろな物語のことが思い浮かぶが、このエントリでは、ディケンズによるクリスマス・キャロルについて書いてみたい。 と言っても、クリスマス・キャロルはあまりにも有名な小説で、今さら私などがブログに書くのも躊躇してしまう。私自身何度も読んだし、映画化も何度もされている。主人公のスクルージは、守銭奴の代名詞として英単語になっているほどだ ( https://en.wiktionary.org/wiki/scrooge )。しかし、屋上屋を架すのもブログの醍醐味であり、臆面もなくエントリにしたいと思う。 クリスマス・キャロルは、スクルージという老いた商人の改心の物語である。スクルージは、単純に言えば守銭奴で、無慈悲で冷酷な男である。造形としては、現代では典型的なキャラクターに思われるだろう。そのスクルージのもとに、過去・現在・未来を表す三人の精霊(幽霊と訳すこともある)が現れ、それをきっかけとして、スクルージは生まれ変わったかのようになるのであった。 この物語は、クリスマスがどんな意味を持つかが分からないと、真に理解できないのかもしれない。したがって、非キリスト者てある私が、クリスマス・キャロルを語ることについては、ある種の後ろめたさを感じる。それでもあえて言うならば、私は、この物語を読むとき、イエスのあの有名な言葉をいつも思うのだ: この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。 (マタイによる福音書 4:17) しかし、クリスマス・キャロルは、単にスクルージの悔恨と改心の物語ではないのではないか。三人の精霊が訪れたのち、スクルージは実質的に死んだ。そして、再び新たな生を生きた。むしろそれは、再生というより新生という言葉がふさわしい。つまりスクルージは、復活したイエスを想起させる存在なのかもしれない。そう考えると、スクルージは生まれながらの守銭奴ではなく、生きてきた環境によってそうならざるを得なかったという見方もできるだろう。 いずれにせよ、クリスマス・キャロルは、死と生の物語である。そして死に続くその生は、永遠に続くのである。 一...

ブログが終わりつつある時代に

もう旧聞に属するかもしれないが、ブログのエントリにしておきたい。 今年の2月28日に、Yahoo!ブログの終了がアナウンスされた: Yahoo!ブログ サービス終了のお知らせ https://promo-blog.yahoo.co.jp/close/index.html Yahoo! Geocities も、この3月末で終わる: サービス終了のお知らせ - Yahoo!ジオシティーズ https://info-geocities.yahoo.co.jp/close/ これらのアナウンスを読むと、いろいろな思いが去来する。ブログは冬の時代と言われて久しいが、最早それも過ぎて、いよいよブログも終わりのフェーズに入ったということだろうか。長かった平成もこの四月で終わることを思えば、ブログが終わりつつあるという感慨もますます強くなる。 実際、note などのごく少ない例外を除けば、ブログを書く人は本当に減った(note は、古い意味でのブログとはまた違うような気がする。それはむしろいいことなのかもしれないが)。 昨今の状況を見てみると、本ブログをホストしているウェブリブログも、いつ閉鎖するか分からない。しかし、ウェブリログは、むしろよく頑張ってサービスを提供してくれたと言えるのではないか。仮に今サービスが終了するとしても、感謝の念しかない。 こうした、ブログを取り巻く状況に思いを巡らせると、私も、ブログに対する姿勢を変えなければと思うようになってきた。より具体的には、なりふり構っていられない、書きたいことはなんでも書かねばという、いわば焦りにも似たような思いである。現在は、ウェブリブログに限らず、どんなブログサービスも、いつ終了してもおかしくないというような状況である。今書かなければ、その機会は失われてしまうかもしれない。 たとえば、私は、ブログに書かないと決めたテーマがある。ネガティブなこと、より広く言えば、人間の闇に関することなどだ。これらは、人間というものの一つの真実であり、文学のテーマでもある。しかし、こうした内容については、このブログで触れることを意図的に避けてきた。それは、誤解を招くのを恐れず言えば、私がこのブログで扱っていきたいテーマとはそぐわないからである(これついてはたびたび書いてきたが、たとえば「 ブログ開設12周年と,今後ブログに書いていきたいこと 」...

人生論ノート (三木清)

「人生論ノート」を初めて読んだのは、高校生くらいのときだったろうか。おそらく、ある世代には本書が必読書とされていたという、そんな話を小耳にはさんだのが、読むきっかけだったように思う。 しかし、ここに書いてある思想は、当時の未熟な私には響いてこなかった。必読書という言葉の押しつけがましさにも、反感を覚えたような記憶がある。 そんな記憶さえおぼろげになるくらい、昔の話である。時間がたつのは早いものだ。当時と比べれば、私は成熟したところもあれば、衰えたところもあるだろう。少なくとも言えることは、今の私は、長く世間の塵埃にまみれてきたということだ。そのせいなのか、改めて「人生論ノート」を読み返してみると、琴線に触れることが多くある。それは、若いころの私には思いもつかないことであった。 たとえば、「希望について」という章がある。そこには、以下のような文章がある:  人生においては何事も偶然である。しかしまた人生においては何事も必然である。このような人生を我々は、運命と称している。もし一切が必然であるなら、運命というものは考えられないであろう。だがもし一切が偶然であるなら、運命というものはまた考えられないであろう。偶然のものが必然の、必然のものが偶然の意味をもっているゆえに、人生は運命なのである。  希望は運命のごときものである。それはいわば運命というものの符号を逆にしたものである。もし一切が必然であるなら、希望というものはあり得ないであろう。しかし一切が偶然であるなら、希望というものはまたあり得ないであろう。  人生は運命であるように、人生は希望である。運命的な存在である人間にとって、生きていることは、希望を持っていることである。 私は、戦慄しながらこの文章に共感する。 我々は、成功したときは自らの実力を誇るだろう。一方で、失敗したときは、その原因を不運に帰するものである。しかし、ありていに言えば、いずれの場合も運によるところが大きいのだ。そして、そのような積み重ねが運命である。我々は、こうして運命の下で生きていくしかないのである。 では、我々は、計り知れない運命に翻弄されながら生きていくしかないのか。人間とは、暴力と見まがうほどの運命の前では無力な存在でしかないのか。 私は、この問いに対して、そのとおりとしか言えない。しかし、荒れ狂う運命の波間に、希望というものが確かに存在...

ブログ開設13周年と「懶惰の歌留多」

もう半年も前の話になるが、今年の6月に、以下のような毎年恒例のメールが来た。 日付: 2018/06/18 8:04 件名: 祝ブログ開設13周年! ○━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●  ブログを開設してから、もうすぐ13周年!! ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○ ウェブリブログに登録してから、あと2日で13周年になります。 ウェブリブログ事務局のまーさです。 ご利用いただき、ありがとうございます!     A Day in the Life       http://dayinthelife.at.webry.info/ この13年間にあなたのブログで生み出された訪問回数は・・・     530733 件 になります。 時機を失した感はあるが、本ブログの一年の区切りに、なぜ私はブログを書くのかといったエントリをまとめるのが恒例であった。しかし、大したブログでもないのに、そんなエントリを書くのも滑稽である。そこで、もっと気楽にエントリを書いてみたい。 すると、年末ということもあり、今年一年のことが胸に去来する。今年は本当にいろいろあった。私の人生でも強く印象に残る一年になるだろう。その結果、仕事の成果を残したいという渇きにも似た思いが胸に刻まれることにもなった。 このような思いを感じるとき、太宰治の「懶惰の歌留多」という作品のことを思い出す。 「懶惰の歌留多」は、文学的には評価されていないだろう。文中にあるように、締め切り間際に書き上げた、駄文と言えないこともない。しかし、そこには、太宰の小説家としての苦闘や苦悩を、窺わせるものが確かに存在するのである。 たとえば、以下のような文章がある。 苦しさだの、高邁だの、純潔だの、素直だの、もうそんなことは聞きたくない。書け。落語でも、一口噺でもいい。書かないのは、例外なく怠惰である。おろかな、おろかな、盲信である。人は、自分以上の仕事もできないし、自分以下の仕事もできない。働かないものには、権利がない。人間失格、あたりまえのことである。 文章を紡ぎだすときの身悶えするような悪戦苦闘の中で、自らを奮い立たせようとする。それはまさに、創造の苦しみに他ならない。 そして、創造の煩悶ののちに、太宰はある境地に達したかのように見える 戦争...

さくらももこ氏死去

さくらももこ氏が亡くなりました: さくらももこ 公式ブログ - さくらプロダクションからお知らせです。 - Powered by LINE https://lineblog.me/sakuramomoko/archives/67300025.html 「ちびまる子ちゃん」は個人的に思い入れのある作品でした。 それにしても、亡くなったのが53歳、しかも乳がんとか、まったく他人事には思えません。個人的に、大きなショックを受けています。 心からお悔やみ申し上げます。

平成の終わり

先日のエントリ( 平成30年の出来事 )に書いたように、立て続けに大きな出来事が、平成の終わりとなる今年に起きている。そこで、平成という時代に思いを馳せざるを得なかった。 私は、平成という時代には、万感の思いがある。そこで、まとまりのない内容ではあるが、エントリにしてみたい。いろいろ差し障りのあることは書けないので、漠然となるのはご容赦ください。しかし私には分かるので、私にとっては備忘録のようなものである。 改めて、私にとって平成とは何だったか。 ぱっと脳裏に浮かぶのは、青春という言葉である。豪雨災害があったときに不謹慎かもしれないが、全体で考えると、私にとって平成とは、人生において最も多感な時代であり、青春という言葉が思い浮かぶ。 私も、学生時代にはいろいろあった。しかしそれをここに書いたとしても、興味深くはないだろう。我ながら、凡庸な学生時代だったとしか言いようがない。 ただ、社会人となってからのプライベートについては、多少波乱万丈なところもあり、面白いと思ってもらえるかもしれない。特に、臆面も無く言えば、長い間かけて、愛というものを知った。そして、それが自分の中で確固としたものとして存在するまで、ある程度の時間がどうしても必要だった。 これには私の誤解もあるかもしれない。だが、そのありうる誤解も含めて、私の人生だと思っている。 こうした、いわば愛をめぐる機微については、実は折に触れてブログに書いてきた。読者の皆さんには伝わっていないかもしれない。それでも、今後とも書いていくだろう。 そして、私にとっての平成を彩るもう一つの要素として、仕事がある。ただ、仕事については、その結果について、まだ納得はしていない。まだまだやってないこと、やるべきことが山積している。しかし、それについては基本的には実名が出るところで書きたいと思っているので、このブログで書くことはあまりないだろう。 もちろん、この間、世界では様々なことが起きた。しかしこのエントリでは自身のことに限定したい。 そうすると、上に書いたようなことが、私にとっての平成だった。今から思えばそれは、青くて、未熟だった。それは一言で表すとすれば、青春としか言いようがない。 もちろん客観的に見れば、私のようないい年をしたおっさんが、青春なんてよくも恥ずかしげもなく言えるなとは思う。ご指摘まことにごもっともではある。私も...